変わっていくもの、変わらないもの

「良い仕事をする人間を知っている」ということは、大人の人生において、代えがたい財産の一つではないでしょうか。
私の働く会社が、今年で10周年という大きな節目を迎えることになりました。
この10年を支えてくださった方々へ感謝を伝えるため、オリジナルの物が作れないかと思い、高校時代からの古い友人を訪ねました。
彼は今、縫製の職人として自らの工房を構えています。
依頼の相談のために訪ねたその場所には、規則正しいミシンの音と、どこか凛とした、けれど温かな空気が流れていました。
サッカーをしたり、通学の電車で騒いでいた頃の面影を残しながらも、作業台に向かう彼の背中には、数え切れないほどの工程を積み重ねてきた者にしかわからない、静かで強い雰囲気が漂っています。
使い込まれた道具たち、整理された糸、そして無造作に置かれた生地の数々。
その一つひとつに、彼が誠実に自分の技術と向き合ってきた時間が見えました。

彼なら大丈夫。
単なるビジネス上の付き合いでは決して得られない、長い年月というフィルターを通したからこそ得られる絶対的な信頼感です。
彼もまた、私の10年の歩みを汲み取り、こちらの想いを形にするために、プロの視点から真摯にアイデアを投げ返してくれました。
私たちはもう、若さゆえの勢いだけで走る時期を過ぎ、自分の仕事に責任を持つことの重さを知る世代になりました。だからこそ、互いの専門性を認め合い、こうして仕事として向き合えることに、言葉にできない深い喜びを感じます。
彼の手によって一針ずつ縫い上げられるバッグには、単なる商品以上の、目には見えない「想い」が宿るはずです。
これまで支えてくれた方々への感謝と、私たち二人がそれぞれに積み重ねてきた時間。その両方を詰め込んで、手渡す瞬間が今から待ち遠しくてなりません。
確かな技術を持つ友に、大切な節目を託せる幸せ。 彼の工房を後にする時、心地よい革の匂いと共に、次の10年へ向かうための確かな勇気をもらったような気がしました。
フジハラ。

