9坪の空間が教えてくれること、図面を超えた暮らしのリアリティ

誰かの暮らしに寄り添う家をつくりたいと思うとき、私たちはまず、その空間に流れる「光の気配」や「視線の行方」を想像します。
それは、面積という数字だけでは決して測ることのできない、感覚的な豊かさ。 私の「9坪の小さな家」の現場では、まさにその輪郭が少しずつ形を成そうとしています。
上棟後の骨組みだけの状態から、壁が立ち、部屋の境界が生まれる。 そうなると、現場は「工事の場」から、静かに息づく「居場所」へと変わっていきました。
9坪という潔いサイズ感。 図面を引いている段階では、その限られた容積に一抹の不安を覚えたこともありました。けれど、実際にその場に立ち、窓から差し込む光を眺めていると、不思議と「ゆとり」を感じている自分に気づきます。
対角線に抜ける視線、天井の勾配が描くリズム。 数字上の広さを超えて現れた3次元のリアリティは、心地よい静寂とともに、私に「これでいいのだ」という確信を届けてくれました。
この小さな家の玄関先で、ひとつの彫刻のような存在感を放ち始めているのが、大工さんの手によって組まれた「階段」です。

9坪の空間において、階段は単なる昇降の道具ではありません。 上下の階層を繋ぎながら、光を遮らず、風を通す。 そして、時にはそこが腰を下ろすベンチにもなる。
特にこだわったのは、下段の三段をあえてオープンな「スケルトン」にしたことです。 現場で大工さんと対話を重ね、一段一段に命が吹き込まれていきました。
大工さんの手によって、図面上の「階段」という記号が、職人技の詰まった「作品」へと変わっていく。その手仕事の跡を間近で見ていると、この家に守られているような、何とも言えない安心感が湧いてきます。
養生紙の下に静かに眠る、美しい木肌。 職人の繊細な手仕事によって図面を超えたその造形は、この家への愛着を、より深く確かなものにしてくれます。
暮らしを「選ぶ」ということ

完成へのカウントダウンが始まり、今の私の関心は「何を買い足すか」ではなく、何をこの小さな空間に「招き入れるか」へと移っています。
9坪というサイズは、私に「本当に大切なものは何か」を静かに問いかけてきます。 お気に入りの器や額縁をどこに飾ろうか。 あの階段を上った先に広がる山々の四季を感じながら過ごす日々を思うだけでワクワクしています。
暮らしを丁寧に選んでいく。 その積み重ねの先に、この家だけの豊かな時間が待っているのだと信じています。
